バレンシアガのデザイナーが、また変わります。WWDJAPANが報じた通り、2026年11月5日にピエールパオロ・ピッチョーリの退任が発表され、翌6日には後任にマーティン・ローズが任命されました。着任は11月16日です。ピッチョーリがデムナから引き継いだのは2025年7月で、就任から1年余りでの交代です。
僕は正直、ピッチョーリの仕事をもう少し見たかったです。僕にとって、ここ5年のバレンシアガで一番の当たり年でした。スニーカーに加えて、レザーもデニムも買いました。デムナが去った後のバレンシアガがどうなるかと思っていましたが、むしろ以前よりお金を使いました。
カリスマが去った後に残る課題
デザイナーが時代を変えるほどの仕事をしたブランドは、後を継ぐのが難しくなります。僕が思い出すのは、リカルド・ティッシが去った後のジバンシイです。ティッシはゴシック調のグラフィックやストリートの要素をラグジュアリーに持ち込み、ジバンシイを再び流行をつくる側に押し上げました。大胆なプリントを使いながら色を抑え、服の形は立体的に作りました。そのバランスには、従来のお客さんも納得できるところがあったと思います。僕もティッシ時代の服をいくつか大切に持っています。
ティッシが退任した2017年から、マシュー・ウィリアムズの就任が決まった2020年ごろまで、僕にはジバンシイが再び低迷したように見えていました。もちろん、おすすめできる服もありました。ただ、ティッシ時代ほどの勢いは感じませんでした。だから当時は、ストリートの感覚とジバンシイらしい服の形を両立できそうなウィリアムズに期待していました。
デムナが去った後のバレンシアガにも、似た難しさがありました。デムナの功績は、これまでメゾンに興味がなかった人たちを連れてきたことです。モノトーンが多く、加工は大胆で、服は大きなシルエットを崩して見せていました。ストリートの服が好きな人にとって、その大胆さがバレンシアガを買う理由になりました。次のデザイナーには、そのお客さんをつなぎ留めながら、ブランドを今の時代に合わせて動かす仕事が待っていました。
身体を包む大きなシルエットは、バレンシアガが以前から追求してきたものです。デムナはそこに、ストリートで親しまれてきた大きなシルエットを重ねました。大きく方向を変えたデムナの仕事にも、バレンシアガが得意としてきた服の形が残っていました。
靴に表れたピッチョーリの方向転換

ピッチョーリの初期のコレクションを見たとき、僕はバレンシアガがまた流行をつくる側に戻ってきたと感じました。バルーンパンツや大胆な短丈のトップスが印象的でした。モノトーンから華やかな色へ移る見せ方にも変化がありました。形にメリハリをつけて、バレンシアガがもともと持っていた造形と色の美しさを引き出していました。クラシックな装いに流れが向かう中で、この方向転換は僕には真っ当に思えました。

その変化を手に取って実感したのが、D’ORSAYのスニーカーです。見た目はカジュアルなスニーカーですが、形はまるで革靴です。ヒールが高く、甲が少し沈んだような流線形が、つま先の長いローファーに似ています。靴ひもがないぶん、つま先がさらに長くきれいに見えます。足にぴたりと沿って、印象もシャープです。革靴らしい形とスニーカーのデザインをここまで一足にまとめられるのかと、履いた瞬間に驚きました。僕は2色買いました。
J.M. WESTONとのミュールも面白い一足でした。伝統的な革靴を、大胆に履き潰したようなミュールにしています。革靴のクラシックな形に、履き込んだような表情を重ねることで、バレンシアガに期待されるストリートの感覚が出ています。ウェストンの定番より形が少しシャープに見えます。どうやら靴の形を決める木型も今回のために変えたらしく、細かなところまで作り込んでいると感じました。
服の出来と、お客さんの反応
僕はこのミュールを大正解だと思いましたが、当時はどうやらあまり売れていませんでした。もったいないと思いました。デムナの激しいストリートの服が欲しくて来た人には、クラシックな方向への変化が「自分が求めていたバレンシアガと違う」と映ることもあります。どこに魅力を感じてそのブランドを買ってきたかで、同じ方向転換への見方は変わります。
服の出来がいくら良くても、商売として成り立たなければ続けられません。新しい方向に進むなら、その服をいいと思うお客さんに届く必要があります。同時に、これまでのお客さんが支えてきた商売も続けなければなりません。デムナのやり方で成功しても、ずっと同じ方向を向いていれば、いずれ時代と合わなくなります。長い目で見れば、変わることは必要だったと僕は思います。
新しい方向を選んだ経営に必要な時間
ケリングは2026年4月の経営方針で、バレンシアガの強みであるメンズを土台に、ウィメンズを広げ、レザーグッズを強化して事業のバランスを取ると発表しています。服の方向だけでなく、どんなお客さんが何を買うかまで変わるには時間がかかります。今回の発表だけで交代の理由はわかりませんが、そうした仕事に就任から1年余りで結果を求めるのは、僕には早すぎるように感じます。
後任のマーティン・ローズは、デムナ時代のバレンシアガでメンズに携わった人です。自身のブランドにも、デムナ時代のバレンシアガに通じるストリート色の強い服があります。ローズがどんなバレンシアガを提案するかは、これからの仕事に表れます。経営には、デザイナーの才能を信じ、その提案が受け入れられるまで待つ役割があると思います。
ファッションブランドが育てる文化の価値
そもそも、ファッションブランドにはどんな価値があるのでしょうか。僕は、その時代に新しい美意識を提案し、人が何を美しいと思うかまで変えていくことに価値があると思っています。服が売れることは、事業を続けるうえで欠かせません。文化としての価値は、その服に触れた人が「こういう形も格好いい」と感じ、それまでの見方が変わるところに生まれます。
新しい美意識を発表しても、すぐに売上につながるとは限りません。これまでの価値観から離れた革新的な提案ほど、広く理解されるまでには時間がかかります。短期の売上を優先すれば、事業は続けられるかもしれません。そこで新しい提案を育てる時間まで削れば、文化としての影響力は弱まると思います。
バレンシアガは、既存のファッションの価値観を壊すことで成功してきたブランドです。デムナの時代に生まれた成功も、従来のラグジュアリーが受け入れてこなかった表現を持ち込んだからこそだと思います。そのブランドが、今度は自分たちの成功体験を手放せなくなっているのだとしたら、これほど皮肉なことはありません。

僕は今回のピッチョーリのコレクションを、ここ数年で最高の出来だと感じていました。新しい方向に面白さを感じ、実際に何点も買った僕としては、この時点での交代が本当に残念です。たとえ売上が落ちたとしても、次にどんな美しさを提案するのかを僕は見たいです。新しい価値を生み出すことを諦めたとき、ブランドは初めて沈むのだと思います。
写真出典 ファッションプレス「バレンシアガ 2026年秋コレクション」
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