スーツの美しさと、リラックスできる着心地。この2つを両立させ、世界に広めたのがジョルジオ・アルマーニです。彼の功績を知ると、今、僕らが何気なく着ている柔らかなジャケットの見え方も変わってきます。

大切なのは、単に肩パッドを取り去ったという話ではありません。クラシックな美しさを重んじながら、スーツをもっと自由に楽しめるものにしたこと。今回はその変化を、仕立てと色、そして多くの人に届ける仕組みから見ていきましょう。

Giorgio Armani 1989 Spring/Summer Campaign
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身体を理想的に見せる「鎧」だったスーツ

伝統的なスーツの仕立てには、人間の身体を理想的に見せるという考え方があります。胸板が薄ければ芯材で立体感を出し、なで肩なら肩パッドで形を整える。身体の特徴を補い、美しい形を作る、建築のような発想です。

こうした技術が発展してきた背景には、「ビスポーク」という高級注文服の文化があります。顧客ごとに専用の型紙を起こし、仮縫いや調整を重ねて仕上げるものです。既存の型紙を調整するパターンオーダーなどとは、作り方が異なります。

もちろん、ビスポークだからといって硬い仕立てになるわけではありません。英国でも20世紀初頭から、柔らかさと動きやすさを追求したドレープ仕立てが発展していました。

一方、軍服の伝統を引き継ぐ英国のテーラリングには、芯材や肩パッドで身体の形を整え、端正なシルエットを作る美しさがあります。しっかりした構造で身体を包み、理想的な形を保つ。その姿は、まさに「鎧」にも例えられます。

ただ、こうした高級注文服を仕立てるには、相応の費用と時間がかかります。限られた人々のものだった高度な仕立ての技術や美意識を、もっと多くの人が楽しめる既製服へと変えていった。その代表的な存在がアルマーニなのです。

柔らかくしても、クラシックの美しさは失わない

アルマーニは1975年、従来のスーツの構造を見直したジャケットを発表しました。芯材や裏地、肩パッドを減らし、身体を締め付けるような形から、自然な動きを生かすシルエットへ。さらに柔らかな生地を使い、布がすっと落ちる表情を生み出したのです。

こうした仕立ては「アンコン」と呼ばれます。アンコンストラクテッド、つまり「非構築的」という意味です。芯材や肩パッドなどを簡略化して軽さを生み、布の自然な落ち感や動きを生かします。

ここで重要になるのが「ドレープ」という考え方です。ドレープとは、布が重力や身体の動きによって生み出す自然な落ち感やひだのこと。硬い構造で形を固定するのではなく、生地そのものの美しさを引き出すわけです。

ただし、軽く柔らかなスーツ自体を、アルマーニが初めて作ったわけではありません。

例えば、イタリアのナポリでは1930年代から、英国の伝統的な仕立てを見直し、より軽く動きやすいジャケットを作る試みが進められていました。

ナポリ仕立てを象徴する技法の一つが「スパッラ・カミーチャ」です。シャツの袖付けを参考にした肩の仕立てで、袖山の布をいせ込むことによって、柔らかな肩の表情を生み出します。

アルマーニは、こうしたナポリ仕立ての軽やかさと、ニノ・チェルッティ時代に培った既製服の技術を結びつけました。そして、独自の美意識を持つイタリアンスーツを世界に広めたのです。

それも、ただラフにするのではありません。広い肩や存在感のあるラペル、ゆったりしたシルエットなど、時代によってさまざまな表現を取り入れながら、スーツらしい端正さを保ちました。

見た目はクラシック、着心地はソフトでモダン。カーディガンやシャツジャケットとは違う、スーツとしての美しさを残したバランスにこそ、アルマーニの凄みがあります。

グレージュにも、仕立てとつながる意味がある

グレーとベージュを組み合わせたダブルブレストスーツ
出典:Vogue Runway

アルマーニが広めたものの一つが、グレーとベージュの中間色「グレージュ」です。

ネイビーやチャコールといったスーツの定番色に加えて、砂のようなベージュやトープ、タバコブラウン、オリーブグリーンなど、柔らかな中間色を積極的に打ち出しました。

僕は、こうした色使いにも、柔らかな仕立てと共通する考え方を感じます。

濃い色のスーツは、輪郭がはっきりして力強く見えやすい。一方、グレージュのような中間色は、色のコントラストが穏やかで、柔らかな印象を生み出します。

つまり、シルエットだけでなく、色の面からもスーツの堅苦しさを和らげることができるわけです。

現在のザ・ロウやオーラリーなどに見られるグレージュにも、僕はこうした系譜を感じます。もちろん、単純に「アルマーニの模倣」と呼べるものではありません。さまざまなブランドが積み重ねてきた美意識の先に、今の色使いがある。

そうやって過去の服と現在のファッションをつなげて眺めると、色の選び方一つにも新しい発見があります。

良いものを、世界に届く服へ

アルマーニの大きな功績は、柔らかな仕立てを「高級既製服」として世界に届けたことです。

1978年には、大手繊維・衣料企業のGFT(グルッポ・フィナンツィアーリオ・テッシーレ)と提携。デザイナーの美意識と工業生産の技術を結びつけ、品質を保ちながら、多くの人に届けられる体制を整えました。

1980年には、リチャード・ギア主演の映画『アメリカン・ジゴロ』で衣装を担当。柔らかな仕立てのスーツが持つ新しい男性像を、映画を通じても広く印象づけました。

さらに1981年には、より若い世代や幅広い顧客層に向けた「エンポリオ アルマーニ」をスタートさせています。

良いものを作るだけで、自然に広がるわけではありません。技術を魅力的なデザインにまとめ、それを多くの人に届ける仕組みまで作る。アルマーニには、その両方がありました。

シャネルが女性の装いを自由にしたように、アルマーニは男性のスーツを窮屈な形式から解放したのだと思います。もちろん、彼の功績は男性服だけにとどまりません。働く女性のためのスーツにも新しい可能性をもたらしました。

彼はクラシックを尊重しながら、時には構築的なスーツも作っています。単に柔らかさだけを追求したのではなく、着る人がさまざまな価値観の中から、自分らしいスーツを選べることを大切にしていたのでしょう。

2025年9月にアルマーニが亡くなった直後、僕はミラノを訪れました。街には彼をしのぶ大きな広告が掲げられ、その光景からも、彼がイタリアを代表する存在だったことが伝わってきました。

今、僕らが当たり前のように着ている、パッドや芯材を減らしたリラックスジャケット。その広がりにも、アルマーニが果たした大きな役割があります。

そう考えると、手持ちの一着にも、また愛着が湧いてくるのではないでしょうか。

 

 

 

 

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